大判例

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最高裁判所第一小法廷 昭和61年(あ)848号 決定

主文

本件各上告を棄却する。

理由

弁護人山口紀洋、同建部明、同内山成樹の上告趣意第一点は、憲法三一条違反をいうが、実質は単なる法令違反の主張であり、同第二点は、判例違反をいうが、原判決は、共謀共同正犯における共謀の意義について、所論のような趣旨の判示をしたものではないから、前提を欠き、同第三点は、憲法三一条違反をいうが、実質は単なる法令違反、事実誤認の主張であり、同第四点は、判例違反をいうが、所論引用の判例は、事案を異にし本件に適切でないから、いずれも刑訴法四〇五条の上告理由に当たらない。

なお、公務執行妨害罪の成否に関する所論にかんがみ検討すると、原判決の認定によれば、熊本県議会公害対策特別委員会委員長杉村國男は、同委員会の議事を整理し、秩序を保持する職責を有するものであるが、昭和五〇年九月二五日同委員会室で開催された委員会において、水俣病認定申請患者協議会代表者から陳情を受け、その事項に関して同委員会の回答文を取りまとめ、これを朗読したうえ、昼食のための休憩を宣するとともに、右陳情に関する審議の打切りを告げて席を離れ同委員会室西側出入口に向かおうとしたところ、同協議会構成員らが右打切りに抗議し、そのうちの一名が、同委員長を引きとめるべく、その右腕などをつかんで引っ張る暴行を加え、同委員長がこれを振り切って右の出入口から廊下に出ると、右構成員らの一部や室外で待機していた同協議会構成員らも加わって合計約二、三〇名が、同委員長の退去を阻止すべく、同委員長を取り囲み、同委員会室前廊下などにおいて、同委員長に対し、押す、引くなどしたばかりか、体当たりし、足蹴りにするなどの暴行を加えたというのである。右の事実関係のもとにおいては、杉村委員長は、休憩宣言により職務の執行を終えたものではなく、休憩宣言後も、前記職責に基づき、委員会の秩序を保持し、右紛議に対処するための職務を現に執行していたものと認めるのが相当であるから、同委員長に対して加えられた前記暴行が公務執行妨害罪を構成することは明らかであり、これと同旨の原判断は正当である(最高裁昭和五一年(あ)第三一〇号同五三年六月二九日第一小法廷判決・刑集三二巻四号八一六頁参照)。

よって、刑訴法四一四条、三八六条一項三号により、裁判官全員一致の意見で、主文のとおり決定する。

(裁判長裁判官角田禮次郎 裁判官大内恒夫 裁判官佐藤哲郎 裁判官四ツ谷巖 裁判官大堀誠一)

弁護人山口紀洋、同建部明、同内山成樹の上告趣意

はじめに、第一点〜第三点〈省略〉

第四点 原判決は、本件杉村の休憩宣言後も、杉村はなお熊本県議会公害対策特別委員会の委員長としての職務の執行中であったとして、原判決が認定する申請協参加者らの暴行につき公務執行妨害罪を適用しているが、右判断は最高裁昭和四五年一二月二二日判決(刑集二四巻一三号一八一二頁)に違反するものであり、この点からも原判決は破棄を免れない。

一 右判例について

1 右判例は、まず、刑法九五条一項の趣旨について次のように判旨している。

「右条項の趣旨とするところは、公務員そのものの身分ないし地位を特別に保護しようとするものではなく、公務員によって行なわれる公務の公共性にかんがみ、その適正な執行を保障しようとするものであるから、その保護の対象となる職務の執行というのは、漫然と抽象的、包括的に捉えられるべきものではなく、具体的、個別的に特定されていることを要するものと解すべきである。」

2 右判例は、次に右条項の「職務ヲ執行スルニ当リ」の解釈として次のとおり判旨する。

「そして、右条項に『職務ヲ執行スルニ当リ』と限定的に規定されている点からして、ただ漫然と公務員の勤務時間中の行為は、すべて右職務執行に該当し保護の対象となるものと解すべきではなく、右のように具体的、個別的に特定された職務の執行を開始してからこれを終了するまでの時間的範囲およびまさに当該職務の執行を開始しようとしている場合のように当該職務の執行と時間的に接着しこれを切離し得ない一体的関係にあるとみることができる範囲内の職務行為にかぎって、公務執行妨害罪による保護の対象となるものと解するのが相当である。」

3 右判例は、以上の判旨のうえに立って、駅の助役が、その職務行為である点呼の執行を終了した直後に、その点呼を行なった場所およびその出入口付近で暴行を受けたという事案について、右暴行は刑法九五条一項にいう「職務ヲ執行スルニ当リ」加えられたものとは認められないと判示したものである。そして、本判例は、「まさに当該職務の執行を開始しようとしている場合」については、職務執行の開始前であっても、公務執行妨害罪による保護の対象となるのに対し、職務執行終了後の場合は、終了直後の暴行についても公務執行妨害罪の成立を否定し、右保護の対象とはならないとの見解を示したものと理解されている(最高裁判所解説刑事篇昭和四十三年度、四三七頁参照)。

4 本件はまさに右判例の事案に酷似し、右と同一の判断がなされてしかるべきものなのである。

二 原判決の判示の右判例違反の点について(一)

1 右判例に対するに、原判決は次のとおり判示している。

「本件のような委員会にあっては、その議事を整理し、秩序を保持するという委員長の職務権限の行使は、その性質上、形式的に委員会の開会宣言から閉会あるいは休憩宣言までの間に限られるのではなく、閉会あるいは休憩宣言後であっても、引き続きこれと接着した時間内に、当該委員会の議事に関して紛議が生じたような場合には、委員長としては、なおその紛議につき何らかの措置をとらなければならなくなることもあり得る状態に置かれていることは、その職責上自明の理であるから、右宣言後であっても、引き続き右紛議に対処するように求められている間は、なお委員長としての議事の整理及び秩序保持の職務の執行中であるというべきである。」

2 前記のとおり、判例は、明らかに職務の具体的、個別的特定性を重視しているのであり、そうである以上当該職務についての開始と終了は一義的に理解されなければならない。殊に、県議会の委員会における委員長の職務のごとき、いわばパートタイム的職務については、その開会の宣言そして閉会もしくは休憩の宣言によって明確に一義的にその時間的範囲が特定されなければならないのである。ただ、前記判例も示すとおり、職務執行が開始前であっても、まさに開始しようとしている場合に限っては、真近に予定されている当該職務の執行に対する妨害として、公務執行妨害罪の成立しうる余地を認めているのである。しかし、前記判例の趣旨、当該職務執行終了に際しては、たとえ終了直後のことであっても、そこに妨害の対象となる職務の執行が想定されえないところから、公務執行妨害罪の成立が否定されているのである。にもかかわらず、原判決は、休憩宣言という職務執行終了時点以後についても公務執行妨害罪の成立を認めており、前記判例に明白に違反しているといわざるをえないのである。

三 原判決の判示の右判例違反の点について(二)

1 さらに原判決は次のとおり判示している。

「……その対処を求められている間に暴行が開始された以上、右委員長が、本来委員会を開催すべき場所である委員会室から退去し、暴行を避ける行動のみをしていたとしても、時間的場所的に接着した範囲内で右暴行が継続しているときは、その暴行は、『職務ヲ執行スルニ当リ』加えられるものと解するのが相当である。」

2 確かに、原判決がいうように、閉会あるいは休憩宣言直後に当該委員会の議事に関して紛議が生ずることはないことではない。そして、それへの対処ということも一応は想定しうる。しかし、その時点では委員長がその責任において整理し、そのため秩序保持すべき議事は存在していないのである。殊に、本件における休憩は昼食のための休憩であり、一旦終了した委員会の議事の近接した時間内での再開は想定されていず、原判決認定の被告人Aの暴行が開始された時点では既に委員の大半は室外に出ていたのである。また、紛議に対する対処といっても、杉村において現実になしたのは、被告人Aに「ニセ患者」発言問題に関する陳情問題はこれで終わりにすると述べただけで、それで終わっており、その後はただ退室しようとしただけである。

かかる経過に鑑みるとき、仮に百歩譲って、原判決の判旨するように休憩宣言後にも委員長の職務の執行が続いているとみるべき場合があるという解釈をとったとしても、それは委員会の議事が進行している場合とは異なり、あくまで現実に委員長がその職務としてある行為を現に行っている場合に限られると解すべきであり、もはや委員長に職務執行の意思も行動もみられない場合にまで不当に拡張解釈さるべきではない。殊に杉村が委員会室外に出た後はそうである。また、本件経過に照らし、委員会室内での出来事と、室外廊下での出来事とを安易に一連のものと見なすことはできない。

そうでなければ、前記判例が求めるような当該職務執行の具体性、特定性に著しく欠けることとなるからである。休憩宣言により一旦議事の終了した後、当人に何ら職務執行の意思も行動もみられないのに、また室外では場所的近接性もあるとはいえないのに、「引き続き右紛議に対処するよう求められている間は」というような抽象的な限定による職務執行性を想定して公務執行妨害罪の成立を認めた原判決は、この点においても前記判例に違反すると言わざるをえないのである。

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